Day10.minestrone

東京都渋谷区南平台にある小さなレストランで食べた、ミネストローネの味を、あの匂いを今も懐かしく思う。

母は、私に良いことがあるとその店に連れて行ってくれた。「お父さんには内緒ね」と言って、ポークジンジャーとミネストローネを注文してくれた。母はいつも決まってポテトサラダとブラックコーヒーを頼み、私が食べている様子をただ嬉しそうに眺めていた。

私はいつからか、味噌汁やスープがないと食事を食べづらいと感じるようになった。自分で食事を作る時も汁物を忘れなかったし、外で注文をする時も、プラスで料金がかかることを厭わなかった。昔から、1つ自分の中でルールを決めてしまうと、それに従っていない時が居心地悪くなり、どうしたって自分のテリトリーに引っ張ってこようと必死になった。

あのトマトとコンソメの匂い。少し大きめのジャガイモとタマネギとニンジン。父は料理をしないため、ちゃんと男が作った料理を食べたのはそれが初めてだったと思う。店で提供されているものだから、当たり前なのかもしれないが、母の作る料理よりも、ずっと丁寧だった。

母とその店のシェフは学生時代からの知り合いらしい。私がグーの手でスプーンを持ち、ミネストローネの野菜を掬っている間も、時折、美味しさを伝えたいという、ギョロギョロとした目やゆらゆら揺れる頬の動きを受け取ってはくれず、その人と喋っていた。喋ることに夢中になっていた。

その人と話している母は、父と話している時よりもずっと綺麗で、唇や頬の血色もいい。今思い返すと、服装もいつもよりオシャレをしていた。私がそこにいなくてもその空間が成立してしまっていることの不安を食べることで必死に消そうとした。

船内に漂う、缶詰のミネストローネの匂い。しばらく上の空だったために少し冷めてしまっていたが、この味はやっぱり好きだ。